野口トルストイ親子のブログ

野口トルストイ親子によるブログ。母小梅、その次女サナこ。

〜アメニモマケタクナイ カゼニモマケタクナイ 第9話〜 小梅の物語

サナコ父  四男吉の物語

 

 


サナこ

キナこ

には、日本海側の漁港で生まれた四男吉がいる。

よなきち、と読む。

 

金物屋だった。

家は、農家、四男吉の父は郵便局に勤めていたのかな。

小梅が一度写真を見て、そうとう

ぎゃっ、と感じた四男吉の父。

40代でなくなっているそうだ。

実母も四男吉が2歳で亡くなっている。

 


この地球を早めに卒業するタイプ。

長男も40代で亡くなっている。

 


だからか、四男吉と、その兄の太平洋おじさんは、お酒タバコ一切しない。

硬い仕事につきたがっていた。

四男吉は、大学も自分でいった苦労人である。

太平洋おじさんには、お世話になり留学費用はずいぶん借りたそうな。

でも、バブルで、一年で返したのが四男吉の自慢だ。

積もり積もった学費を一度のボーナスで大人返し。

気分よかっただろうなあ。

 

 

 

エンヤ トット

エンヤ トット

 


アメニモマケズ

カゼニモマケルモンカ

 


アメリカに留学したとき、まわりはおぼっちゃまで、親に車をかってもらっていた。

自分だけ住み込みバイト

ビバリーヒル

 


そこでこきつかわれ、全部の家事を、するかわり、住まわせてもらった。

 


いつかのクリスマスでは

四男吉は、お金がないだろうから、と、バイト先の人に100ドルもらった

うれしかっただろうなぁ

 


大学の卒業式のとき、アルバムほしかったが、それも、お金がなかった

 


買えなかった

写真とれなかった

 


しかたないなあ

 


留学から戻り、東京で採用された

 


意気揚々。

もう、かせげる

かせげるんだ

 

 

 

もともと、高卒で期待され、二重橋前支店で、店長になるまで、がんばれ、といわれた。

もしかしたら、高卒でもいけたかもしれない。

 


たらればだが。

ないこともない。

地方の信金ならあるかなあ。

 


さすがメガバンクではないだろう。

 


小梅もだが、四男吉は

経歴が、きらびやか。

 


なぜか、すごい。

メガバンク

大証

 

 

 

金物屋金物屋でも

金の延べ棒の金物屋だった。

 


ここには、かけないが

バブルに大きくかかわる。

 


夫の四男吉は、取引をしていた。難しい取引だ。

アメリカ帰り

6年も居たから中身がアメリカーナ

ケネディ大好き

コーラがぶのみーんご

 

 

 

そんなキャラは、調べ尽くされている。

 


日本を売ったとまではいわないが、

日本を太らせて、最高値の日経株価

を出したとき

そのあとの降下

ナイアガラの滝

日本

経済の敗戦

 


あとになればなるほど

四男吉は

日本のために

自分はなにかとんでもないことを、、

、、、

 

 

 

 


その時、小梅も、その金物屋金融

外資にいた。

日本で一番大きな銀行に、毎日報告書を出す担当だった。

そのころは、大蔵省といっていた。

 


これ以上は、かけない。

直接きいてくれ。

 


そのうち、四男吉は、退職した。

突然の退職。

 


しばらくぷらぷらしていいだけの、お金をもらい。

 


結果として、株にかえて、

 


あれー

 


と、叫んでいたのを小梅は聞いた。

 

 

 

4分の一にさがった。

 

 

 

四男吉は、

調子のいいとき、マンションをかい、

さらに一人でこっそり、マンションを投機のためにかい、いずれも、いまは、手放した。

 

 

 

小梅にずいぶんネチネチしぼられた。

なんで、相談しないで、もう一個マンションなんて、かうの!!

 

 

 

 


収入を教えない四男吉

信頼しない小梅

 

 

 

子育て上のつながり

 

 

 

エンヤコラきょうも、舟をこぐ

 

 

 

歴史はくりかえすのか

相似形なのか

 


太平洋おじさんは堅実

なのに、太平洋おじちゃんもやらかした。

 


退職金で、たくさんもらった。

家族みんな働いてるし、こどもも結婚、なんの心配もない。霞ヶ関系。

 


おくさんも、区役所だ!

 


地味にくらし

コップは商店街でもらった、バラバラよものをつかってた。

 


四男吉、小梅、キナこ、サナこで太平洋おじちゃんのところに遊びにいったとき。


出てきたのは岩清水のレモンだけ。

子供たちにおやつも、なかった。

 


空腹で、めまいがしそうな帰り道、

 


おくられるとき、帰りの車で

 


「あ、お寿司でも、とればよかったな」と、太平洋おじさん。

 


なら、だせや。

 


もう、いきません。いきたくありません。

夫婦で、けんかしてます。来客中にも。

 

 

 

ケチでお金ためてる太平洋おじさんが、退職して、悠々自適、鯉にふを、あげてればいいのに、また、マンションをかいました。

 


マンション買い癖は、あるのかな。

娘に貸すという一石二鳥のもくろみが、娘は住まなかった。

 


借り手ががいなくてこまり、また、なにかローンのために働きだしたらしい。

 

 

 

エンヤコラ

さっさ

すたこらさっさ

 


勤労に感謝

労働者ばんざい

 

 

 

健康

お金がまわること

ご飯がたべれること。

 

 

 

米騒動のあった町が近いようだ。

コツコツ頑張る自分がなによりのささえなのだろう。

仕事できる自分は、価値あり。

負荷をかけてでも、こころゆとり

穏やかな趣味、ボランティアとは、いかない精神構造なのかもしれない。

 


深く話したことがないのでわからない。

子どもが大きくなっても、新生児の服も、とっておいて、ダンボールが天井にとどいていた。

 


仲のいい兄弟だから、なにかお下がりなどくるかとも思ったが、テイスティングはちがっていた。

 


びっくりしたのは、遊園地に二家族でいったとき。

それぞれ、子ども二人だ。

 

 

 

待ち合わせ場所に、太平洋おじさんの妻なし。

 


四人の子供の世話的なこと、

小梅がしました。

 


あちらは、幼児をお父さんにあずけ、母は来なかった。相当おどろいた。

倍増するつかれと疑問。

 

 

 

懐かしい夏の日。川べりの遊園地だった。

ふれあいろばさん

泣きそうになる。

小さなジェットコースターで、絶叫し、発散でもするしかなかった。

 


こどもを預けて自分は欠席、は

したことなかった。おどろいた。

 


このころまだまだ

母としても、

アメニモマケズだった。

 


そのことで、けんかもしなかった。

無我夢中だったのだろう。

近くに友達もいなかった。

 


太平洋おじさんの近くのマンション

 


いやで、引っ越しした。

 

 

 

 


四男吉、じょじょに体調に無理がきていた。

 

 

 

 

 

 

"父ちゃんのためなら エンヤコラ

母ちゃんのためなら エンヤコラ

もひとつおまけに エンヤコラ"

 


今も聞こえる ヨイトマケの唄

今も聞こえる あの子守唄

工事現場の ひるやすみ

たばこをふかして 目を閉じりゃ

聞こえてくるよ あの唄が

働く土方の あの唄が

貧しい土方の あの唄が

 


子供の頃に 小学校で

ヨイトマケの子供 きたない子供と

いじめぬかれて はやされて

くやし涙に くれながら

泣いて帰った 道すがら

母ちゃんの働く とこを見た

母ちゃんの働く とこを見た

 


姉さんかむりで 泥にまみれて

日に灼けながら 汗を流して

男にまじって 綱を引き

天にむかって 声をあげて

力の限りに うたってた

母ちゃんの働く とこを見た

母ちゃんの働く とこを見た

 


慰めてもらおう 抱いてもらおうと

息をはずませ 帰ってきたが

母ちゃんの姿 見たときに

泣いた涙も 忘れはて

帰って行ったよ 学校へ

勉強するよと 云いながら

勉強するよと 云いながら

 


あれから何年 たった事だろ

高校も出たし 大学も出た

今じゃ機械の 世の中で

おまけに僕は エンジニア

苦労苦労で 死んでった

母ちゃん見てくれ この姿

母ちゃん見てくれ この姿

 


何度か僕も グレかけたけど

やくざな道は ふまずにすんだ

どんなきれいな 唄よりも

どんなきれいな 声よりも

僕をはげまし 慰めた

母ちゃんの唄こそ 世界一

母ちゃんの唄こそ 世界一

 


今も聞こえる ヨイトマケの唄

今も聞こえる あの子守唄

"父ちゃんのためなら エンヤコラ

子供のためなら エンヤコラ"